ヘッドコーチコラム ~僕がミニバスを見始めた理由~

こんにちは。

ッドコーチの菅野です。

不定期ですがコラム始めます。

 

1回目は「僕がミニバスを見始めた理由」です。

横浜ファイブエース(以下横浜5A)は金沢区のミニバスチームで、僕が見始めたのは6年前です。

それまでは僕はミニバスとは一切無縁でした。

 簡単に僕のバスケットボールの経歴を書きます。

横浜市立港南中学→市立金沢高校→早稲田大学→日立製作所(日立本社バスケットボール部、現サンロッカーズ渋谷)と進み、プレーヤーとして20年やりました。

 

現役引退後は日立でアシスタントコーチ、GMをやらせてもらい、そのかたわらでクラブチームや東京都の国体チームでプレーをして、なんだかんだで40歳まで選手を続けましたが、41歳で右膝変形性関節症(オーバーユースによる軟骨摩耗)を発症して選手をやめました。

 

小学生は観客にはなりえても教える対象ではなかったですし、選手を辞めた後でもバスケットボールに興味はあるので、いろいろと考えてはいましたが直接現場には関わっていないという状況が続きました。

そんな僕がミニバスを見始めたのは、6年前に当時同じマンションに住んでいた保護者の方に

「ミニバスチームを作ったのですが、どうやったらいいのかわからなくて。見ていただけませんか?」とお願いされたのがきっかけです。

 

「子供を教えた事がないので他の方を探してもらったほうが…。それほど時間も取れないし」。

 

「一度でいいので見てもらって、どうやったらいいのかを私達に教えてくれるだけでもいいです」

 

「まあ、そういう事なら一度拝見しますよ」

という感じで体育館に行ったのが始まりです。

 

体育館でプレーしている子たちが上手であれば「教えることはないですよ」で帰ってこれたのですが、それだったらそもそも頼みに来ませんよね。

これはきちんと教えないとバスケットボールを好きになってもらえないな、それは子供にとってもバスケットボールにとっても不幸だな、と思いましたよ。

もともとバスケットボールは好きなので、目の前のエサにパクッと食いついちゃいました(笑)

 

老後の備えにもちょうどいいなと。。。。。

 

 少しだけ真面目に言うと、僕はバスケットボールで人並みにさせてもらい、バスケットボールで会社にも入れた人間なので、バスケットボール(とその周辺の人々)に恩があります。僕の人生バスケットボールをやっていなかったら、どうなっていたのかはわかりませんが、今より明るい人生はなかったろうなと。今こそバスケットボールに恩返しする時だと、動かなくなった体で未練がましくプレーするより次世代育成だ!、とそう思いましたね。(そういうのを、好きなだけ、と言うんだってば!)

 

おかげさまで土日祝日楽しく過ごさせてもらっています(^^)

 

まあ、そんな訳ですから物好きなジイサンがなんかやってる、くらいに思ってください。

では、また。

 

感想など頂ければ嬉しいです。

 

横浜ファイブエース ヘッドコーチ 菅野 伊佐雄